1937年8月23日未明、上海で戦闘中の日本海軍陸戦隊から一部隊を割いて雲陽丸、当陽丸、信陽丸と護衛艦で黄浦江を下り、呉淞埠頭に横付け上陸を試みた。しかし、中国軍から激しい銃撃を受けたため艦砲射撃と軽機関銃と曲射砲によって応戦、岸壁付近の建物に火災を発生させた。この火災による明かりが災いして、輸送船を埠頭に横付けするための舫索を取る作業が中国軍側から狙われ、日本軍側に犠牲者が続出する。しかしながら、火力で圧倒している日本側は係留作業を終え、陸軍の揚陸作業を成功させている。
揚陸開始から1時間後には鉄道桟橋地区を占領し、15時30分には海軍陸戦隊は陸軍第3師団と交代して撤収、駆逐艦夕日にて再び黄浦江に戻っている。
8月23日の呉淞埠頭上陸作戦で、日本軍は圧倒的な火力で橋頭堡を早いうちに確保している。
上陸部隊の第二波は、既に横付けしている輸送船にさらに横付けしてから上陸するという安全策を取っているが、8月23日深夜まで上陸中に銃撃を受けるなど中国軍の抵抗は散発的ながら続いていた。

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